午前八時。
曲がりくねった道を軽快に走っていた。
道沿いに流れる澄み切った川からは、うっすらともやが立ち上っていて幻想的だ。
林道に入ってからバイクで約五分、幾度めかになる小さな橋を渡ったところで不意に、前方の視界が暗く閉ざされた。
空ふさがり
風雨来記4では「下芥見」の駅跡が取り上げられていたし、自分が昨年旅した島根にも「母里駅」の跡地が残っていた。
あれらは「旅客列車」――我々にとって身近な、人を乗せるための列車の廃線跡だ。
一方、空ふさがりは「森林鉄道」の跡地となる。
森林鉄道というものは、自分も今回はじめて知ったのだが、人ではなく材木を運搬するために敷かれた産業鉄道だそうだ。
明治から昭和中期頃までは森林鉄道が全国のほとんどの都道府県の山間部に設置されていて、伐採した大量の木を運ぶために大活躍していたという。
これは、電気需要の増加――水力発電ダム建設とも密接に関係がある。
古来より、材木の運搬は川を使って巨大なイカダで運搬するのが主流だったが、ダム建設が盛んになることによって水運が使えなくなる地域が続出したからだ。
その代替手段という側面もあって、急速に森林鉄道が普及したらしい。
県によっては国鉄(旅客鉄道)の路線よりも、森林鉄道の路線の方が長いということも珍しくなかったのだとか。
森林鉄道によって里へ、街へと運び出された木材は確かに一時期、日本中の人々の生活を支えていた。
かつては「ごくあり触れたもの」だったのだ。
にもかかわらず、そんなものがあったことさえ、自分はこれまで知らなかった。
世代によっては一般常識として知っているんだろうか。
それとも、現役当時から知る人ぞ知る存在だったんだろうか。
ふと思い返せば、これまで旅した際に、森で何度か鉄道のレールを見かけたことがあった。
当時は何とも思っていなかったけど、あれは「森林鉄道」だったのだ。
そんな森林鉄道だが、1970年代に外国産木材が安く大量に入ってくるようになると「あっ」という間に衰退、廃止されてしまったそうだ。
現在では屋久島と京都芦生を除いて絶滅してしまった森林鉄道だけど、その痕跡はいまだ各地に残っていて、実は現役の林道として利用されている場所も多いとのこと。
今回訪れた「空ふさがり」もそのひとつだ。
・
・
・
森林鉄道稼働当時の空ふさがりの様子は、こんな感じだったようだ。
今は軌道が撤去されて、森林管理用の林道として使用されている。
元が線路用だったから、道幅が狭いんだな。
普通の道路だったらありえないような、道の片側が切り立った崖になっている作りも、元が列車軌道だったということを考えれば納得できる。
・
・
・
周囲の様子も見てみよう。
森の奥だから、道路脇の川の水はばつぐんに綺麗だ。
夏の暑さとは裏腹に、川の水はきんと冷たい。
手と顔を洗うと火照りが冷めてすごく気持ちよかった。
時間に余裕がある旅だったら、ここで半日くらいのんびり読書でもして過ごしたい。
・
・
・
――とにかく静かだ。
川のせせらぎ以外何も聞こえない。
「空ふさがり」を反対側から見ると、まるで洞窟の入り口のように暗い。
大きな岩が高くそびえているせいで、光が入りこみにくいのだ。
この「光と影のコントラスト」がこの場所の魅力のひとつだろう。
看板のない観光スポット
「空ふさがり」は近年SNSや動画サイトを中心に話題になっているスポットだそうだ。
自分もYouTubeでその存在を知った。
場所は、岐阜県七宗町。
風雨来記4のスポットでは「飛水峡」のすぐ近くだ。
秘境的なイメージと違って、アクセスはそう難しくはない。
空ふさがりを含む室兼林道はきちんと管理整備されていて、快適に走行できる。
(八百津の「酷道」に比べたら「天国道」だ。大きな岩が道をふさいでいたり、路面が大きくえぐれていたり、道が途中で断裂したりなどはない)
とはいえガードレールなどはないのでひとつ間違ったら下の川にコースアウト、というところが「林道」ゆえの注意点。あくまでも自己責任。
ここを訪れるなら自転車かバイクが最高だと思う。
道中、気持ちの良いツーリングが楽しめる。
車でも行けるけれど、道幅が一台分しかないため対向車が来たら「詰む」。
(空ふさがりのそばまで行ければ、普通車くらいまでなら停められる&すれ違えるスペースがある)
また、林道の入り口にバス停があり、空ふさがりまでは1キロくらいなので徒歩でもじゅうぶん探訪可能だ。のんびり歩いても片道一時間かからないくらいだと思う。
そんな「秘境ムードだけどアクセスし易い」ことも、人気の理由のひとつなのだろう。
まだ現地に「看板」が無いのも「とっておきスポット」としてポイント高い。
観光地っぽくなさすぎて、何も知らずにここを通りがかったらそのままスルーしてしまう人も多いんじゃないだろうか。
リリさんはあの旅で、ここには訪れただろうか。
訪れたならどこに注目して、どう楽しんだだろう。
どんな会話を繰り広げただろう。
この日は朝一番に訪れたおかげで、自分が滞在中(一時間ほど)は完全に独り占め状態だった。
誰一人いない、貸し切り状態の空ふさがりで、想像を働かせながら思う存分カメラのシャッターを切った。
すっかり堪能して帰り道、ようやくバイクや自転車数台とすれ違った。
時間帯によっては混雑するのかもしれない。
早起きして訪れてよかった。
コメント