子供の頃から「自分がいつか絶対行ってみたい海外のスポット」ベスト3のうちふたつは、
「ペルーのマチュピチュ」
「アメリカのグランドキャニオン」
に決まっていた。
あとのひとつは「アラスカのオーロラ」「英国の古城」「エジプトのピラミッド」「南米アマゾンの密林」「ギリシャのアクロポリス」「南極」などその時々でブレがあったけれど、最初のふたつはずっと心に固定されていたように思う。
マチュピチュやナスカの地上絵は大人になってから実際に訪れることができたものの、グランドキャニオンは未だ未踏だ。
だからこそ、「グランドキャニオン」という言葉は、自分の中で今なお特別な響きを持っている。
Googleマップで今年の岐阜はどんなルートで巡ろうか考えていたときに、「岐阜のグランドキャニオン」と言うスポットが目に飛び込んできたのは必然だったのかもしれない。
「岐阜のグランドキャニオン」は、風雨来記4の作中時点ではまだ生まれていなかった「新しい観光スポット」だ。
「なぜこの場所がグランドキャニオンと呼ばれるようになったのか」とか、「どういう経緯でここ数年急速に人気になったのか」などの逸話も実に興味深いのだが、それは後半で語るとして、今回はまず現地を訪れた様子を先にレポートしていこうと思う。
こんな入り口から入って――
こんな風景に出会える、一時間ほどの非日常を楽しめる場所だ。
川辺町の遠見山
「岐阜のグランドキャニオン」は、岐阜県川辺町にある「遠見山」からの眺めのことを言う。
遠見と名が付いていたということはつまり、古くから遠くを見るのに使われていたということだ。
戦国時代には見張りを目的としたお城が建っていたという。
そして「眺めがよい」ということは、視界をさえぎるものがない……つまり、「周りより高い」ことを意味する。
岐阜のグランドキャニオンという名前だけで訪れた自分が、「このミッションは登山である」ことを知ったのは現地についてからのことだった――
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地図をたよりに訪れた岐阜県川辺町の下麻生。
飛水峡からバイクで十数分、下流にくだったあたりだ。
風雨来記4でも通っているかな?
0808追記
ツーリングモードで確認すると、通っていた!
こうやって時を経ても新しい「体験」をできるのが、風雨来記4の魅力だ。
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遠くから見てもめちゃくちゃ存在感のある、壁のようにそそりたった岩壁。
見た瞬間腑に落ちた。
これ絶対、「岐阜のグランドキャニオン」に関係するだろ。
道の脇には「↑遠見山登山口」という手書きの小さな看板が立っている。
え、まさか、これを登るのか……?
まさかのロッククライミング?
なんとなく、バイクや車で近くまで行ける展望台みたいなものを想像していたけど…………
スマホの地図で調べると、やはりここが岐阜のグランドキャニオン(の入り口)で間違いないらしい。
ここで引き返すという選択肢はない。
……飲み水だけは多めに持っていこう。
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山裾には、両手の指の数ほどのみつばちの巣箱が置かれていた。
板と板の間のスキマにはたくさんのミツバチが巣に入ったり、外へ出かけていったり、元気いっぱいでくるくると仕事にはげんでいる。
美味しいはちみつが採れそうだ。
暑さでバテ気味だったけど、見ているとこちらも少し元気が出てくる。
ミツバチに負けないように、この場所を楽しんでいこう。
JRの線路の下をくぐり抜けるトンネル。
これが登山道入り口らしい。
人一人が通るのがやっと、手を上に伸ばせば天井に届くほどの空間だ。
「山は神の棲む世界」という古来からの価値観と照らしあわせれば、トンネルはこれ以上ないくらいはっきりとした「境」だ。
非日常へ一歩踏み出したという意識が生まれ、気が引き締まる。
ここまでスタートにインパクトのある山も珍しいんじゃないだろうか。
線路下をくぐって――さあ、登ろう!
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道中、写真をほとんど撮っていない。
その余裕がなかったのだ。
登っている時間こそ短いがこの山、登攀内容自体はかなりハードに感じた。
なにしろあんなに切り立った崖の上を目指す道程だ。
整備されているとはいえけっこう傾斜がきつく、道も狭く、場所によっては滑りやすい。
木の日陰になっていても、汗が湯水のごとく溢れ出すので、何度も水分補給の小休憩をとる。
途中道を見失ったりもしつつ、登山開始から30分ほどでようやく山の上へ至った。
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山上では道が十字路になっていて、標識によればそれぞれ、「登山口(今登ってきた道)」「山頂」「見晴らし岩」「登山口(山の南側に降りるルート)」につながっているようだ。
さっそく目指すのは山頂――ではなく、「見晴らし岩」。
どうも、「岐阜のグランドキャニオン」の眺めは山頂ではなく「見晴らし岩」からのものらしいからだ。
百メートルほど進むと視界が劇的に広がった。
さっき見上げていたあの崖の上に今、立っている。
おそるおそる、岩場から下を見下ろすとはるか下につい30分ほど前に自分が歩いていた道が見えた。
あらためて高低差がすさまじいな……
それにこの角度というか、絶壁っぷり。
調子にのって身を乗り出しすぎると、エクストリーム下山(墜落とも言う)間違いなしだ。
かたわらのベンチで少し休憩する。
風が汗をぬぐい去ってくれる。
心地良い。
ほんの数十秒休むだけでも、かなり体力が回復した。
視界を山の方向に戻すと、この岩場よりも高いところが見えた。
あっちが山頂だろう。
せっかくなので、あそこにも行ってみよう。
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途中、池と呼ぶには小さい、水たまりと呼ぶには大きい、ちょっとした水場を見つけた。
水が湧いているわけではないようだが、決して枯れることもない「ため池」らしい。
それを証明するようにここにはモリアオガエルが生息していて、季節によっては樹上の枝に、泡泡が特徴的なモリアオガエルの産卵を見ることもできるのだそうだ。
「モリアオガエル」は、小学生時代生き物好きだった自分にとっては憧れのカエルで、その名を聞くと思わずワクワクしてしまう。
モリアオガエルが棲む池、と聞いただけで目の前の水たまりが途端にとても神秘的な場所に思えてきた。
(なお、この記事を書きながら調べてみたら、京都でも古くからの神社の池や山などで割と生息しているらしい。今度見に行ってみよう)
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ため池から山頂はすぐだった。
秋葉神社がある。
お参りをすませて、山頂からの風景を見渡した。
誰が呼んだかグランドキャニオン
実は「岐阜のグランドキャニオン」は、風雨来記4では取り上げようがないスポットだ。
なぜなら発売時、まだ誕生していなかったから。
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ここは、令和元年に開かれたばかりの新しい登山スポットだそうだ。
それ以前は獣道のような踏み跡をたどってマニアな山好きが登る、知る人ぞ知る山だったらしい。
それが令和になって、これを観光資源にできないかと地元川辺町と町民たちが、森林組合と協力して二年がかりで整備にあたり、誰でも登りやすい「遠見山登山道」を作り上げたのだそうだ。
その後なかなか登山客が増えない中で、令和3年に登山アプリ「YAMAP」が絶景を楽しめる低山として紹介したところ、来訪者が3倍以上に増え、近県から多くの登山客の集まる人気スポットとなった――という経緯があるのだそうだ。
YAMAPには、みんなが自分の登山レポート(活動日記)をアップロードして共有するSNS的な機能がついている。
現在遠見山には毎日のように誰かが登った日記を投稿しているが、2020年(令和2年)頃はぽつり、ぽつりとしか登頂記録がなかった。
それが前述の一件で激増した頃、口コミで誰かが「ここからの風景が、アメリカのグランドキャニオン上流にあるホースシューベンドに似ている」と言い出した。
「ホースシューベンド」は直訳すると「馬の蹄鉄曲がり」。
名前通り、蹄鉄の形に川が大きくUターンしている絶景スポットだ。
(検索すると画像がたくさん出るので確認してみてほしい)
なるほど、確かにここでは川が大きく蛇行していて、地形が似ているといえば似ている。
ホースシューベンドと言われると「うまく言ったもんだ」と納得してしまう。
厳密にはホースシューベンドはグランドキャニオンではなく、「グランドキャニオンにも流れているコロラド川の上流にある別のスポット」なのだが、哀しいかな日本人にとって「ホースシューベンド」よりも「グランドキャニオン」の方が圧倒的に知名度があるせいか、「岐阜のグランドキャニオン」という通称(略称?)で口コミが広がっていった。
そしてこれを引用する形で、町役場の広報担当者が「岐阜のグランドキャニオン」という通称を積極的に押し出すようになったのだそうだ。
確かに、自分も「岐阜のグランドキャニオン」という響きにひかれてここを訪れたわけだし、人を呼ぶという意味では英断と言えるだろう。
そういえば北海道に、ジェットコースターの路というスポットがあった。
あそこも元々はプロヴァンスの路と呼ばれていて、その頃はあまり人の訪れないマイナースポットだったそうだが、「ジェットコースターの路」と呼ばれ始めたとたん観光客が爆増したのだとか。
「ネーミングのインパクト」って、人を呼び込むぶためには大事なんだなとあらためて思う。
まとめると、
「訪れる人のほとんどいないとある山」が「地元の人々によって、観光資源として整備され」、「登山アプリのSNS的側面と密接にかかわり」、その中で「パワーネームを得たこと」で他県からも人が訪れる人気スポットに成長した。
まさに「SNS全盛の現代ならではのスポット誕生譚」だと思う。
下山して、振り返り、見上げる。
遠見山登山は、登山口から山頂まで30分ほど。
慣れた人ならば往復一時間で、山上の絶景を味わってまた下界へ帰ってくることができるだろう。
ただし、標高差100メートル以上をそれだけの短時間で登るルートのため、傾斜はそれなりにきつい。
軽登山といえど、水分と簡易食料はちゃんと準備してから挑んでほしい。
意外と迷いやすい箇所もあるので、そこも注意だ。
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無事下山。
時刻は13時半。
登り始めたのが12時過ぎだったから、往復で一時間半ほど。
山頂で写真をたくさん撮りながらけっこうゆっくり過ごしたのに、思った以上に時間が経っていない。
なんだか山の上と下界とで時間感覚がずれているような錯覚。
ふわふわした不思議な感じだ。
一時間半とは思えないほど密度濃く、有意義なひとときだった。
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