稲荷初午
二月の初午(最初の午の日)は、伏見稲荷大社のご神体である稲荷山に神様が降りた日で、この日は初午大祭が執り行われる。
一般的なお祭りとは違い、「神事」としての祭りだ。

伏見稲荷の世界的知名度の割に、そのルーツはあまり知られていないように思う。
キツネが神の使いとして印象づけられるようになったのは後世の話で、元々は白鳥やヘビあるいは龍と関わり深い神社……というのは去年も一昨年も書いたので今年は割愛しよう。
今年の初午は平日だったので、早起きして仕事前に参詣することにした。
大寒波のおかげでものすごく寒い。
京都市内でマイナス2~3度まで冷え込んだ。これはなかなか珍しい。


当初はいつものようにバイクで行くつもりだったけど、ふと思い立って久しぶりに自転車を引っ張り出した。
日本一周をしたときに使った自転車で、今も普通に現役だ。
寒い時の自転車は、走り出しこそキツいけれどこぎ出してしまえばぽかぽかにあたたかくなる。
朝の運動も兼ねてこれで体をあたためつつ、伏見稲荷まで行ってみよう。
・
・
・
無事、稲荷山山麓へ到着。
思った通り、走り出して15分も経てばもう寒さは吹き飛んで、冷たい空気が火照った顔に心地よいくらい。とても爽快な気分だ。

伏見稲荷大社は、元々は上の写真に写っている山々の「上」にあった神社だった。
今は「山の麓の神社」というイメージだが、あれは室町時代頃に藤森神社という神社から「借りパク」した土地に建てた拝殿にすぎず、今も本体(ご神体)は山の上にある。

なので藤森神社側は今もここを「自分達の土地。稲荷さんに貸してるだけ」と認識しており、お祭りのときは稲荷大社内まで神輿で踏み込んでくる一幕がある。
(数十年前までは「土地返せ!」と大声をあげる風習もあったらしいが観光客が増えたからかさすがに今は自粛しているようだ)

初午大祭には、飲食料品を扱う多くの事業者や団体からの献品が拝殿前に積み上げられる。
「稲荷」というと文字通りの「稲の神」というイメージが強いだろう。
それは正解の半分に過ぎない。
稲荷の祭神は「ウカノミタマノオオカミ」。
うかというのは御飯という意味なので、つまりはご飯の神様だ。
「ごはん」という言葉に「食べ物全般」と「炊いたお米」両方の意味があるのと同じで、ウカノミタマも稲だけじゃなく、食べ物を広く司っている。
なので、野菜や果物の他、お菓子や日本酒、ビール、魚介類や干物などなど、様々なものが献品される。
水産物がOKなのは、ウカノミタマのルーツが元々は海にあるからだろうか(父神が海神スサノオ)。
一方で肉類は見当たらない。お肉は守備範囲外のようだ。




去年までは魚介類もむきだしで置かれていた気がするが、今年は冷蔵ケースに入った状態で供えられていた。
時代にあわせての処置だろうか。
あるいは、今日はマイナス近い気温だが、今年は気温の高い日が多かったから念のために設置しただけなんだろうか。
答えは来年再来年と訪れれば自ずと分かるだろう。
大八嶋とカラス

自分的にお気に入りスポットのひとつ、伏見稲荷大社の北側出口付近にある「大八嶋社」。
伏見稲荷は奈良時代の創建だが、この大八嶋社はそれ以前。
元々この稲荷山にいた地主神を祀っている。
それってつまり、伏見稲荷が建ったことで山から追い出された神様の居場所ということだろうか。
社殿はなく、ただ木や石で囲われた「磐境」があるだけ。
写真を見ての通り、観光客でごった返す伏見稲荷と同じ世界と思えないほど素朴で閑静だ。

手を合わせてお参りしていると、不意に頭上で気配を感じた。
「…………?」

カラスだ。
お供え物に興味津々と言った様子。


カラスは日本神話のヤタガラスが有名だ。
京都の下鴨神社の御祭神はヤタガラスの化身とも言われていて、伏見稲荷はその末裔によって建立されているから、ここはカラスと縁深い神社と考えることもできる。
もしくはこの大八洲社の神様の「使い」かもしれない。
近くには神職の人が作業をしていて、特にカラスを咎める様子もなかったので自分もそっと離れて成り行きを見守った。

一心にお皿の底をつついていた。何してるんだろう。
りんごやきゅうりには見向きもせず。
ふと頭上の木の上にもう一羽カラスがいることに気づく。

何かをくわえている。
薄っぺらいビニールのような……なんだろうあれ。

木の下では相変わらずもう一羽のカラスがお供え物をごそごそやっている。
通りがかる観光客からは割と好意的に声をかけられていた。
逃げる素振りもなくしばらくその場で粘っていたが、やがてあきらめたのかどこかへ行ってしまった。
なんとなく、彼あるいは彼女が狙っていたものが気になって、お供え物をのぞき込んでみると。

野菜や果物にはまったく手をつけずに何を狙っていたんだろう。
器の底にあったのはお米の粒と……ビニールに入った海苔。
ああ、もう一羽のカラスがくわえていたのは海苔だったんだな、と合点がいった。
カラスって海苔、好きなのかな?
・
・
・
お参りを一通り済ませたあと、毎年恒例になっている稲荷のおみくじを引いたら、去年と同じ27番だった。
大凶のない伏見稲荷のくじにおいて、「実質大凶」とも言われるのが27番「吉凶相央」。
まさかの二年連続でびっくりした。
去年は悪い事ばかり書いてある…と少しネガティブになったが、内容を要約すると「今年のあなたは調子に乗って失敗しがちだから言動に気をつけて反省しなさい」ということだ。
自分にとってはむしろありがたい訓示だと思う。
気を引き締めて生活リズムを正すための良いきっかけにしていこう。
・
・
・

帰り際、参道の途中でカラスが地面をつついていた。
何やってるんだろう、と不思議だったが、少し考えて思い当たった。
周囲には屋台が並んでいる。
誰かがここで食べ物を落としたかこぼしたかしたんだろう。
さっきのカラスと同じ子かな?と考えて、リリさんのことが頭をよぎる。
動物の個性を見分けられるリリさんなら、即答できるに違いない。
自分は彼女のその能力を、「後天的」なものだと考えている。
人の顔を見分けられないから、それ以外の全身の色々な特徴を「観察して見分けようとするくせ」がついた。
そのくせを動物に応用したら、服を着ている人間と違って、全身で判別できる動物の方がはるかに見分けやすかった――ということだと思っている。

そういう視点であらためてカラスを見てみれば、何か特徴的な見た目がなかったとしても、頭のかたちや毛の生え具合、尾羽のつきかた、くちばしの形、足の模様……と色々ポイントはありそうだ。
あとはしぐさやくせとか。
どちらにせよ一朝一夕に身につく物ではないことは確かだ。
しばらく観察してみたけど、結局同じカラスかどうかの答えはでなかった。

鴨川とゆりかもめ
のんびりしていたらすっかり帰宅予定時刻をオーバーしていた。
なるべく早く帰れる道を探して、鴨川沿いに出た。


橋の下をくぐる川沿いの平坦路。これは便利だ。
九条あたりから四条まで、自転車ならノンストップで移動ができる。
のんびり走っていても、往路の半分近い時間で帰宅することが出来た。
今年は昨年以上に京都のあちこちを巡るつもりだから、自転車の出番も多いだろう。
この道は移動で重宝しそうな気がする。
・
・
・

冬の鴨川の風物詩、ゆりかもめを見つけた。
子供の頃は「かもめは海の鳥なのに、なんで京都の街中の川にいるんだろう」と不思議だったが、答えはシンプル。
「越冬するために海からここまで飛んでくる」。
それも、3000キロ離れたカムチャッカ半島から長い旅をしてくるのだそうだ。
京都にいるときは昼は鴨川(餌場)、夜は比叡山を越えて琵琶湖(休息地)で過ごすらしい。

子供の頃は数千羽がこの鴨川にあふれかえっていた記憶があるけど、近年は数を減らしていて、今年は100羽ほどしか渡ってきておらず、見られる場所はかなり限られてしまっているようだ。
今日見られたのはけっこうラッキーだったのかもしれない。
早起きして出かけて良かった。
・
・
・
忙しい日々が続いているけど、ふだんよりすこーし朝早く起きれば、こんな風に普段見られない景色がたくさん見られる。
これからも体に無理のない範囲で、積極的にこういう時間を作っていきたいと思う。

コメント